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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13388号 判決

原告 株式会社大丸百貨店

右代表者代表取締役 井門昭二

右訴訟代理人弁護士 尾原英臣

被告 大和證券株式会社

右代表者代表取締役 同前雅弘

右訴訟代理人弁護士 渡辺留吉

同 高橋郁雄

同 板澤幸雄

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一、事実

〔事実の概要〕

本件は、平成元年八月初旬から平成三年八月末日までの間に被告を介して行われた有価証券取引につき、右取引が被告からの一パーセントの利潤保証約束の下での一任取引であったことを理由として、右約定金員額五三億四九二一万五八四六円の支払を求めるものである。

被告は、原告主張の約束を否認すると共に、本件取引は証券取引法(以下「法」という。)五〇条の三第三項に規定する「事故」に該当しないから、仮に、原告主張の約束が認められたとしても、同条一項三号によって、被告はその支払をすることができず、裁判所もこれを命ずることができない旨を指摘する。

〔原告の主張〕

原告は、「被告は、原告に対して、五三億四九二一万五八四六円及びこれに対する平成三年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、本件取引を開始した経緯及び本件取引の性質について、要旨、次のとおり述べた(訴状、平成四年二月二八日付け準備書面、同年七月二八日付け準備書面)。

1. 原告は、平成元年七月ころ、被告蒲田支店奥田支店長から、「ワラント、転換社債、株式、投資信託等の有価証券の取引につき売りと買いの数量及び金額の確定した取引が成立し、利潤が確定的に発生しているもののお金を立替払するようなもので絶対損は発生しない取引である。」との勧誘を受け、金銭を交付すれば利益が生ずる取引であると信じて、そのころ、原・被告間において、有価証券の種類、銘柄、数量、金額、金銭の受払の時期、方法等の一切を被告に委ね、各取引の都度、原告は被告の振込指示に従い金銭を交付し、被告は原告に対して振込金額の最低一パーセント以上の利潤を加算した金額を五、六日以内に原告に送金する旨の一任勘定取引契約を締結し、

2. 原告は、平成三年六月ころ、原告の予想を超えた取引の損失が生じていることに気づき、被告に対して説明、善処を求めたところ、被告の渋谷及び蒲田の両支店長から、「補てん名目の金銭の支出はできないので相場でお返しをする以外ない。必ず損害を回復する。」との申し出を受けて、これに応じ、蒲田支店へ一四億円余、渋谷支店へ二億八〇〇〇万円余を交付して、従前と同様に取引を一任した。

〔争点〕

1. 本件請求は、法五〇条の三第一項三号によって、認容することができないか(本件取引は同条三項にいう「事故」に該当するか)。

2. 原告主張の契約の成否

第二、理由

一、法五〇条の三について

有価証券の取引は国民経済に少なからざる影響を有すると共に、右取引が相場の変動によって多額の利益又は損失を生ずる性質を有するところ、取引の損益を取引委託者に正当に帰属させずに証券会社等が損失の補てんをするときには、証券取引そのものの健全性を損なうにいたることから、法五〇条の三は、取引の損益は取引委託者に帰属すべきであるとの自己責任の観点から、有価証券の売買その他の取引につき、顧客に損失が生じ、又はあらかじめ定めた額の利益が生じなかった場合には証券会社がその全部又は一部を補てんし、又は補足するために財産上の利益を提供する旨を予め申込みあるいは約束すること(同条一項一号)、取引の後に同様の申込みあるいは約束すること(同条一項二号)、右財産上の利益を提供すること(同条一項三号)を禁止し、法一九九条一の六号は、この規定に違反する証券会社の行為に対しては罰則をもって臨んでいる。他方、法五〇条の三は、これらの申込み、約束又は提供が大蔵省令で定める「事故」による損失の全部又は一部を補てんするために行われる場合を前記禁止の例外とし(同条三項本文)、取引の後にする申込み又は約束(同条一項二号)及び利益の提供(同条一項三号)については、「その補てんに係る損失が事故に起因するものであることにつき、」当該証券会社があらかじめ大蔵大臣の確認を受けている場合「その他大蔵省令で定める場合」に限って前記禁止の例外としている(同条三項ただし書)。そして、証券会社の健全性の準則等に関する省令(以下「省令」という。)三条は、「事故」の意義を、顧客の同意の欠如(同条一号)、顧客の注文の確認の欠如(同条二号)、有価証券の性質、取引条件又は価格等の変動について顧客を誤認させる勧誘(同条三号)、注文の執行における過誤処理(同条四号)といった顧客の意思(注文)と取引との不一致といった事例を掲げ、更に「その他法令に違反する行為を行うこと」(同条五号)を加えて、これらの事由によって(因果関係)、顧客に損失が生じたものであるとし、省令四条は、法五〇条の三第三項ただし書の場合として、「裁判所の確定判決を得ている場合」を掲げる。

右によれば、ある取引について、民法の規定によって、債務不履行又は不法行為の法理によって、証券会社に対する損害賠償請求の要件事実が充足されたとしても、その取引によって生じた損失の補てん又は補足に代わる財産上の利益の提供を許容するためには、この損失が省令三条に規定する事由によって生じたものであること(「事故」であること)が要請され、判決による場合であっても、「事故」によるものであることが前提となる。

なお、法五〇条の三の規定は、平成三年法律第九六号による改正により法五〇条の二として新設されたものであるが、この改正は平成四年一月一日から施行された。したがって、同日以前にされた損失補てんに係る申込み、約束は法に抵触することはないが、これらの申込み、約束に基づくものであっても、同日以降の利益の提供は禁止されることになる。

二、本件取引について

1. 本件において原告が主張するところを善解すれば、利益の約束された一任勘定取引を委託したことに基づき、その利益の支払を請求するものであるから、法五〇条の三第一項一号の約束に基づき、同項三号の利益の提供を求めるということになる。

因みに、原告は、本件取引に至った事情として、被告から、確定的に成立した売り・買いの取引で、利潤が確定的に発生しているもののお金を立替払するような取引であるとの説明を受けたと主張する。この取引内容は原告主張によっても必ずしも明らかとは言い難いが、原告が本件取引前から被告蒲田支店の顧客であったこと(同支店の社員が原告方に出入りしていたこと)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二号証、第四号証の二ないし二四、甲第五号証の一ないし一三、乙第一、第二号証の各一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、本件取引については、証券取引に関する所定の約諾書、確認書等が取り交わされており、事後的にであれ原告は本件各取引に関する報告書の送付を受けていることが認められる上、原告は当初の数百回(訴状)あるいは数十回(平成四年九月一四日、同年一〇月八日付け各準備書面)の取引の損益を調査確認し、また、本件取引期間中に個別的に銘柄を指定した取引の委託をもしていたというのであるから、このことからすると、原告は本件取引が証券取引であって預貯金のような確定利益の約束された消費寄託契約とは異なることを理解していたことが認められる上、平成三年六月以降は、従前の取引内容を了知した上で、従前と同様の取引を継続したとの原告主張に照らせば、原告は一任勘定約束に基づいて現実に行われた取引が五、六日以内に一パーセント(年率約六〇パーセント)以上の利益を継続的に発生する取引とは異なることを十分に認識した上で、本件取引を継続したと解するほかない。そうすると、原告の主張するところは、結局、利益の約束された一任勘定取引を委託したことに基づき、その利益の支払を請求するというに尽きるのである。

そして、原告の主張事実を省令三条の一号から四号に規定する事由である旨の主張と解することはできないので、これが同条五号に規定する「その他法令に違反する行為を行うこと」に該当するかどうかが問題となる。

2. 省令三条五号は、その規定の形式からは、同条一号から四号までに規定する事由とは異なる事由を並列、列記したものであって、不法行為又は債務不履行といった私法規定の違反を広く包含するものと読む余地がないではない。しかし、法五〇条の三第一項一号によって禁止されている損失補てんの約束を履行しないことをもって五号にいう法令違反と解したのでは、法において禁止した事由がすなわち禁止解除の事由となるという背理に陥ることになるから、五号にいう法令違反は、自己責任の原則に照らしてその損失を顧客に負担させることが不当であるような法令違反、別の表現を用いるならば、顧客の意思内容と取引内容との間に齟齬が生ずるような法令違反であって、一号から四号に規定する事由に該当しない場合を概括的に規定したものであると解することが相当である。

この観点から、原告の主張する本件取引の内容を検討すると、取引の内容は被告に一任するというのであるから、取引内容において顧客の意図と現実との齟齬はなく、顧客の意思内容と齟齬する点は、約束された利益が生じなかったとの一事に帰することになるから、これをもって「事故」と認めることはできない。

3. なお、証券会社又はその役員若しくは使用人が、有価証券の売買等の取引に関して、顧客から個別の取引ごとの同意を得ないで、売買の別、銘柄、数又は価格について定めることができることを内容とする約束(いわゆる一任勘定取引約束)をすることは、取引委託者の自己責任を曖昧にし、かつ、証券取引の健全性を害することから、禁止されており(法五〇条一項三号)、右約束そのものが証券会社又はその役員若しくは使用人の法令違反行為ということができるが、この約束に基づく取引によって損失が生じたとしても、右取引が右約束によるものである以上、顧客の意思内容と齟齬するものではなく、このような証券取引の健全性を害する取引を委託した顧客が右違法を主張して取引による損失の補填を求めることは、法の趣旨に背馳することになる。したがって、本件取引が原告の主張する一任勘定取引約束に基づくものであることをもって省令三条五号に規定する事故としての法令違反と解することはできない。

三、以上によれば、原告の請求は、その主張自体に照らして理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 尾島明 飛澤知行)

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